キズを治す世界最小クラスの外科的マイクロマシン、それは“ウジ虫”!

【後編】医療用ウジ虫(マゴット)に未来はあるのか?

  • マゴットセラピーは万能ではなく、その適応は限られている。
  • 超高齢社会、動物医療、発展途上国で活躍する可能性がある。
  • 下肢救済による経済効果は大きい。
  • 慶應大学医学部ベンチャー大賞 準優勝

マゴットセラピーはあくまで難治性潰瘍(治りにくい傷)に対する補助療法の一つであり、すべての傷において適応になるわけではありません。現在、臨床的にエビデンスのある補助療法は、マゴットセラピーの他に、高気圧酸素療法、LD Lアフェレーシス、多血小板血漿療法、持続陰圧閉鎖療法、物理療法などが挙げられます(形成外科ガイドライン)。マゴットセラピーのポジショニングを図2に示します。マゴットセラピーは他の治療方法に比べ、特にデブリードマン作用(腐った組織を取り除く効果)に長けており、治療の総合力は高いと言えます。また、高価な医療設備や技術的介入が必要ないので、地域のクリニックや在宅医療などでも容易に導入できる治療法です。

図2:補助療法におけるマゴットセラピーのポジショニング
縦軸:治療の総合力。デブリードマン作用、抗菌作用、肉芽増生作用をそれぞれ1点とした合計点。なお、広域スペクトラムの抗菌作用の場合は1点、それ以外の抗菌作用は0.5点とした。
横軸:治療に必要な医療設備のコストを低~高で評価した。

図3に慈マゴットセラピーのSWOT分析を提示する。治療の有用性は長けているものの、市場のシェアが小さいことが弱みである。

図3マゴットセラピーのSWOT分析

さて、医療用ウジ虫(マゴット)に未来はあるのでしょうか?2024年に戦後のベビーブーマーである団塊の世代が全員75歳以上になり、65歳以上の高齢者数は3677万人(国民の3分の1)に達します。このような、「超・高齢化社会」の問題の一つに社会保障制度の膨張と医療・介護施設の不足が挙げられます。その為、政府は社会保障費の抑制に向けて医療・介護を「病院完結型」から「地域完結型」へシフトさせようと、「地域包括システム」構想の下で、在宅サービスを増やす方針であり、2025年には約100万人の在宅医療ニーズがあると考えられています。一方で、在宅の褥瘡発生率は2.61%(一般病院は1.99%)であり、在宅における創傷の管理は今後の大きな課題の一つです。一般的に在宅医療においては、たとえ創面に壊死組織や不良肉芽を認めたとしても、感染や出血のリスクを考慮し、外科的治療に関しては消極的にならざるを得ません。その点において、マゴットセラピーは在宅治療においても、外科的デブリードマンを始めとする多彩な効果を担うマイクロマシンとして、大いに魅力的であると言えます。

また、ヒト以外の動物に対するマゴットセラピーの有用性に関する報告も散見されます。Lepageら12が馬科の動物41頭(馬35頭、ロバ4頭、ポニー2頭)の創傷に対して93%で治癒を認めたと報告したことを始め、その他の小動物(犬、猫、兎)においても有用性が示唆されています。動物の創傷に対して外科的治療を行う場合、創部への接触により静止が取れないため抑制しながらの処置となり、十分な創傷管理が困難な場合があります。その点、単純に静置するだけで、疼痛が少なく、微細なデブリードマンが可能であるマゴットセラピーは治療提供者にも動物にとっても安全で効果的な治療法であると言えます。また、基本的に治療の対象となる動物の創部は外傷が原因であり、局所の末梢循環に問題がないことが多く、マゴットセラピーが著効することが多いです。一方で経済動物に対して保有者がどこまで費用をかけることができるのか、という点は大きな問題であり、その適応を見極めていく必要があると言えます。

近年、西洋医学の輝かしい発展と高度化の裏で、医療費が高騰していることは疑いがありません。本邦の平成28年度の国民医療費は42兆1,381億円であり、10年前と比較し、約9兆円も増加しています。また、世界の各地域においても医療費の増加は顕著であり、今や全世界的に医療費の財政は問題となっています。特に、発展途上国においては、保険医療の改善が国家の重要目標の一つになっていますが、それらに対処するための予算は非常に限られています。世界保健機関が発行するWorld Health Statisticsによれば、高所得国では1人当たりの保険医療支出は4,692ドルに対し、低所得国では1人当たりわずか25ドルしか支出されていません。加えて、低所得国では医療費に対する外国資金の比率が25.7%と高く、自国の予算だけでは賄いきれないのが現状です。また、人材や保険医療機関の不足も大きな課題があります。高所得国では1,000人当たり2.9人の医師がいるのに対し、低所得国ではその約6分の1の0.5人です。1,000人当たりのベッド数は高所得国では7.2であるが低所得国では1.3に過ぎません。また、途上国における主な死因は感染症であるが、感染症に対して有効な薬があっても貧困層にとっては高価なため入手できないことが多いです。このような状況において、廉価で、効果的で、高度な技術が不要なマゴットセラピーはまさに適材適所と言えるかもしれません。

マゴットセラピーの経済効果に関して考えてみます。足の切断に関連する支出は入院や治療費だけではなく、退院後の生活の為に自宅をバリアフリーにリフォームしたり、上層階から下層階への引っ越しが必要であったりと多岐にわたります。実際、米国では難治性潰瘍による社会的損失は年間30億ドルにも達すると報告されています。本邦においても、2016年には10.4兆円であった介護保険の総費用は2025年には21兆円にまで達すると想定され、加速度的に増加しています。そのような中、我々が行った臨床研究(【中編】参照)では、血行再建を行った足の難治性潰瘍の患者に対してマゴットセラピーを行うと、従来の治療を継続した場合に比べ、創傷治癒の割合は2.26倍、下肢切断を行わずに1年間生存する割合は1.51倍でした。そして、単純に計算すると本来、下肢の大切断に至る可能性が高い患者の45.3%が救肢できたことになり、米国の慢性潰瘍に当てはめると年間13.6憶ドルの削減になると予想されます。もちろん、そう単純な話ではないことは重々承知ですが、マゴットセラピーはそれだけの可能性を秘めているとも言えます。

一方で、マゴットセラピーには課題も多いです。本邦におけるマゴットセラピーは自由診療であり、認知度が低いため市場の規模が小さいです。いくら治療法としてブルーオーシャンだとしても、市場が水たまりでは決してブレークスルーは起きません。その為、2018年2月に岡田匡先生を中心とした専門家で日本マゴットフォーラムを設立し、マゴットセラピーの臨床的エビデンスの構築と普及活動を進めています。また今後、規模が拡大していくと、安定したマゴットの生産・供給体制、品質保証、自社製品のマーキングなどの問題が顕在化してくるため、今後はこれらに対する対応策も検討していく必要があります。

今回は、3編にわたって、マゴットセラピーのことを書きました。私は、皮膚の美と健康の専門医として、創傷治癒(キズがどの様になっていくか)の知識は必須だと考えています。なぜなら、肌のアンチエイジング作用が期待される成分のほぼ全てが、キズが治る過程で細胞から放出される成分だからです(別ブログで詳記します)。我々はキズを綺麗に治す専門医としても活動しており、今回は、その取り組みの一つを紹介しています。また、マゴットから抽出されるエキスの治療薬への応用をテーマにしたプロジェクトでは、第2回慶應大学医学部ベンチャー大賞で準優勝しました。
日経クロステック(xTECH)「慶応医学部ベンチャー大賞、第2回の優勝は果たして…」(2018.02.06)

今後も、少しでも多くの方のキズが綺麗に治り、美しい肌を手に入れられる様に、臨床や開発に尽力していきます。

図4:慶應大学医学部ベンチャー大賞 準優勝
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